個人情報保護方針お問い合わせ

お客様に「安心」「安全」な住まいを
確実にご提供できることを目指して活動しています。

耐震診断・耐震補強等、住まいの安全性を高める技術の向上を図っています。

理事のコラムDIRECTOR'S COLUMN

(2021年2月)

工務店として新型コロナ禍対策に取り組みたい

 中々、終息しないコロナ禍。観光業界、外食業界では生き残りをかけた戦いが続いており、住宅業界においても、コロナ禍を終息させるために行動する時期になってきています。テレワークが一般化していく中、住宅そのものへの投資があるのは、コロナ解決策への期待があるからだと思うのです。例えば、手洗いは洗面所ではなく、玄関周りへ移動したい。換気設備についても、熱交換機や高性能フィルターを組み合わせ、新鮮な空気をたくさん入れ込みたくなるものです。在宅仕事が可能な空間を持ちたいし、遮音性やインターネット環境も改善したいでしょう。自宅にいる時間が長くなれば、光熱費の上昇が気になるでしょうから、省エネ住宅にしたくなるはずです。
 庭に置く、「小屋・離れ」も売れていますね。プレハブメーカー、ホームセンターだけでなく、無印良品や、著名な建築家の隈研吾さんも提案しています。そのような中、鉄骨プレハブやコンテナ利用もありますが、木造建築が注目されているのは、勾配屋根とロフトの組み合わせができるからでしょう。昔のプレハブ勉強部屋と違い、ほとんどの商品が大人向けになっているのは、コロナ対策だと思います。
 当協会の賛助会員であるF様は、数年前から、企画型住宅「おやじの隠れ家」として、材料のキットを販売しています。今では、全国に販売網が広がり、問い合わせが増えているようです。国産材を利用した「ログハウス風」に仕上げ、ガレージ付きなどの間取りも増え、とても魅力的な仕上りとなっています。もともとシニア世代をターゲットにしていたのでしょうが、今の時代に合っている商品となっているのです。ただし、対応できる社員が限られており、施工エリアや標準仕様以外を断るなど、お客様や内容を絞らざるを得ない状況だとのことです。
 また、「R9」というロードサイドのビジネスホテルでは、客室やフロント、コインランドリーなどをコンテナハウスで組み合わせています。全ての機能が個々に独立しており、共有廊下部分がほとんどないのです。このようなホテルが多数、地方に出店しています。コロナ禍では、お客様同士での接点がほとんどない状況が有利に働いていることもあるのでしょう。また、一人キャンプが注目され、山林の一部を購入して、週末にキャンプをする人も出てきています。これも、大都会の喧騒から離れたいというニーズと、コロナ禍の影響もあるというのです。
 「人との接点をできる限り少なくする」ことが一般化するというのは、本来あるべき生活ではないと思うのです。コミュニケーションは、仕草や間合い、何人か同時にいる空間なども影響すると考えています。今はそのような行動が感染防止になると理解していますが、接点が多くあっても感染しない方法は必ず提案されてくるでしょう。ただし、情報のやり取りを主にネットで行うというのは時代の流れであり、テレワークが今後も普及していくことは間違いないでしょう。上記で紹介した「おやじの隠れ家」「コンテナホテル」「一人キャンプ」などは、一時のブームで終わるものではなさそうです。
 この春から、新型コロナ対策リフォームを打ち出してみてはいかがでしょうか。短工期のリフォームでできる、玄関手洗い設置、換気設備、断熱改修、遮音ルーム、インターネット環境整備改善などを提案してみてはいかがでしょう。工期は掛かるものの、離れの新築工事提案も魅力的に思ってもらえるでしょう。当協会の正会員の会社のホームページを見ただけでも、たくさんのヒントがあります。工務店として新型コロナ禍の解決に動いているといった姿勢も大事だと思っています。ぜひ、消費者に向けた営業行動をしてみましょう。

東日本大震災から10年

 2011年の「3.11」から10年を迎えます。あの瞬間、私は横浜市鶴見区にあるN社の本社ビル4階にいました。あまりにも大きな揺れで、「壁や窓から離れて!」と叫び、しゃがみ込みました。社内放送があり、誘導されるままに1階の外に出たと同時に、電柱が大きく揺れているのを見て、「これはものすごい地震が起きている」と会話したことを覚えています。そして、震源地が宮城沖と聞いた時、「阪神淡路を超えている地震だ」「とんでもない被害が出る」と心の中で思ったことを、昨日のように思い出します。
 当時、木造住宅の耐震化推進を担当して10年以上が経っており、中越、福岡沖、能登半島などで大きな地震が起きるたびに、現地を視察しており、被害の大きさが想像できたのです。その日は、会社として対策本部を設置し、現地の社員と家族の安否確認のために、会社に滞在しました。私の役目は、食料や衣料などを持って、いち早く現地に入ることとなりました。翌日には、新潟市に移動し、まずは新潟市場を最前線基地として、物資を集めることから始めたのです。そして、発生から3日目の午後、2トントラック2台で、仙台に向かいました。この時、本部からは、なぜか郡山経由ではなく雪が降る山形経由を指示されました。情報を出すと不安になると思ったのかもしれません。まさか、原子力発電所で事故が起きているとは夢にも思っていませんでした。山形では、ガソリンスタンドに行列ができており、宮城県に入ると震災による被害を受けた光景が見られるようになってきました。朝の2時過ぎに宮城市場に到着し、物資を下ろしてから山形の宿舎に向かいました。次の日から本格的に、被災社員や家族の移動、物資の配布を行いました。津波の水は引きつつあったものの、車や家屋はひっくり返ったり、流されたりと、想像を超える姿でした。第一便として、その日には新潟に戻らなくてはならず、夕方には仙台を後にしたのです。
 それから一週間、東北の社員や家族を北陸の宿舎まで移動させていき、被害者を一人も出さずに済みました。私は、どうしても被害状況を自身の目で確かめたく、10日後に再度、気仙沼、高田、石巻、仙台に向かいました。気仙沼の宿舎に泊まりましたが、本当に怖い。一階が津波でほとんど形を成していないのです。それでも何とか宿泊させていただいたのですが、眠れない一夜でした。住構協の講演などでも話をさせていただきましたが、あの光景、匂い、被災者の姿、避難所のひどさ、雪が降る川での洗濯は忘れられません。それでも人間は頑張れるのだと、感動したのを覚えています。そして、1カ月が過ぎて、応急仮設住宅を建築するため郡山に向かいました。
 それから1年半、約1,000戸の応急仮設住宅づくりと維持管理業務を行ってきました。いまだに、その時に知り合った被災者たちとの付き合いがあります。特に、飯館村は全村避難を余儀なくされ、私たちが建設した応急仮設住宅に住んでいただいていた関係で、何人かの住宅をリフォームさせていただいたのです。全村避難ですから、地元の工務店もリフォーム会社も避難をしてしまったこと、仮設住宅の維持管理で信頼を得たことで、次から次へとリフォーム工事の依頼をいただいたのです。
 この1年半は、私の人生において忘れられない経験です。思うように進捗しない場面もありましたが、自分なりに情熱をかけた仕事であり、関係者との絆も構築でき、被災者から感謝もされたと実感しています。被災者には申し訳ありませんが、社会に出て40年、最も充実した期間であり、自分が成長できたと思っています。住まいを失った被災者たちが、行政や近所の人たちと手を取りながら困難に立ち向かう姿を何回も見てきました。例えば、住み慣れた海沿いのいわきから、雪深い会津への移住は想像を絶した生活だと思うのです。一方、何年も仕事もせずに、理由をつけて仮設住宅に住み続けた被災者もいました。非日常が続いてくると、持っている人間性が色濃く出てくるのです。放射能汚染は深刻ですが、ほとんどの被災者は、気にしておらず、生まれ育った村に帰りたい、元の生活に戻りたいと願っていました。それも10年も経つと、避難した場所での生活基盤が確立しているのでしょうか、戻る人も少ないのが現状です。特に、一次産業(農家と漁業)従事者にとっては、年齢が10歳増えて高齢化が深刻となり、残念ながら廃業せざるを得ない方が多いようです。東日本大震災から10年が経ちますが、日本人として絶対に忘れてはならないと考えています。

情熱と夢、希望があれば

 成功している人や組織を見ていると、夢や志を持ち、何が何でもやり遂げるのだという情熱と行動力が、大きな成功をもたらしていると感じます。しかし、「分かっているけど、なかなかできない」という人が多いのも事実です。できるようになれば、何ごとも達成もでき、楽しい人生になることは間違いないのでしょう。
 しかし、順番があると思うのです。夢や志は、先ではなく、後から出てくるのではないかとも思っています。私は、まずは行動することから始まると考えています。その行動とは、「お客様や知人」からの要望や期待に応えることではないかと思うのです。理不尽で無茶苦茶な要望もあるかもしれません。それでも、その要望や期待に応えるために、一生懸命に行動すること、それが情熱を持つことにもなる。行動には、「考える、調査をする、知識をつける、学ぶ」なども含まれています。無駄に感じることもあるでしょうが、「自分の頭で考える、調査する」、そして、即行動。失敗したら、「元に戻って考える」「違った方法で行動する」の繰り返しではないでしょうか。「お客様や知人」の要望に繰り返し応えていくと、その中から「夢や志」が見えてくるようになるのです。
 私は、「今の、お客様の要望」に注力することから進め、自分自身が理解できるように、聞き取りに努めています。その対応に情熱を傾けていると言っても良い。エンドユーザーの場合がほとんどですが、プロユーザーの対応をすることもありますので、60歳を過ぎても知識をつけるようにしています。調べても分からない時は、恥と思わず、部下や正会員様などにどんどん聞くようにしています。行動すれば、課題が見つかり、課題が分かれば手を打てます。
 建築業界の中では、不具合やメンテナンスと言われる住宅建築の品質に関する問題があります。これをどのように考え、対応していくかが、能力を高めるきっかけになるのではないかと思います。「不具合があれば、次回は不具合が出ないようにする」「メンテナンスがあれば、維持管理方法を変える」ことであり、そこから逃げていては成長が見込めないと分かってはいても、どうしても心は落ち込みます。「どうして事前にできなかったのか?」「もっと知識を持っていれば」と、自分で自分を責めることも良くあります。しかし、いつか乗り越えられると、自分に言い聞かせて取り組んでいます。
 住構協を立ち上げた時、ハウスメーカーに就職した大学の友人たちが、「将来、街の工務店はなくなるよ。新築はハウスメーカーしか受注できないようになるからね」と話し、悔しい思いをしました。私は、「地元密着の工務店様は、社会に必要である」との強い思いを持っていました。新築は、ハウスメーカーやパワービルダーが伸びている時だけに、何とかしたいと。一方、リフォーム工事は、設備会社、塗装会社、ホームセンターなど、他業種が進出、増築工事が減ってきた工務店のシェアを切り崩してきたのです。彼らとの差別化が必要であると思い、「構造躯体を理解している会社が行うリフォーム」とメッセージを出したのです。その後、「安全・安心を提供できるリフォーム」「命を守るリフォーム」と変わっていったのです。だからこそ、最低限「耐震診断・耐震補強ができる」技術を有した社員がいることが会員の条件に必要だったのです。その思いはどんどん強くなっていき、NPO法人化へ突き進んでいったのを思い出します。私が住構協を立ち上げた時、私の中に崇高な理念や高い志があったわけではなく、工務店が社会に必要だと示し、大学の友人をギャフンと言わせてやりたいという思いがあったことも事実です。

心に残る言葉

「人生に必要なのは、悟りでなく、迷いだと思う」
 お笑いコンビ、ピースの又吉直樹さんの言葉。葛藤しながら迷っているときが、最も心の筋力がつく。その筋力が粘りを見せると言います。何となく分かります。

過去のコラムを読む

コンテンツCONTENTS

ページのトップへ戻る